福岡高等裁判所 事件番号不詳〔2〕 判決
主文
被告人を懲役二年に処する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
被告人は、米国ハワイホノルヽ市で出生し、昭和九年一月祖母及び妹三名と共に肩書本籍地に帰国したものであるが昭和二十一年三月ハワイ在住の父親大倉作蔵から渡米を促す書信が来その後右祖母も死亡したので同地に渡航を企図し昭和二十二年八月申旬頃から二回に亘り横浜市駐在米国領事館に出頭し右渡航のための旅券の下附を申請したところ同領事館から右旅券の下附を受けるには被告人が日本において兵役に服したこと並びに選挙に投票したこと等の事実がないと云う各別の証明書を旅券下附申請書に添附して提出せねばならぬ旨告げられ、旅券の下附を拒絶されたが被告人としては嚢に昭和十九年十二月一日から昭和二十年八月十五日頃迄の間日本の兵役に服し又昭和二十二年四月五日施行の県知事並びに大原村長選挙に投票した事実があり前記の様な証明書の下附を受けることが出来ない事情にあつたので、こゝに渡米の情、抑え難かつたので被告人は寧ろ右事実を隠蔽し情を知らない村役場吏員をして虚偽の証明書を作成せしめ之を使用して米国領事館から旅券を騙取しようと企て、昭和二十二年八月二十五日肩書本籍地大原村役場において被告人が日本において兵役に服したことがない旨、並びに選挙に投票したことがない旨夫々虚偽の内容を記載した証明願各一通宛合計二通を同役場係員宮辺貞次に提出し、情を知らない同係員をして同村長菅原一八から委任を受けていた村長の斯の種証明書発行の職務に関し行使の目的を以て右証明書二通に順次同村長菅原一八名義の証明文の奥書及び同村長職印の押捺を為さしめ以て右各証明書記載の内容が事実相違ないことを証明する旨の同村長名義の虚偽の証明書二通を順次作成せしめ次で同年九月十九日前記米国領事館に到り、同館係員に対し右作成に係る虚偽の証明書二通を恰も真実の内容を記載したものである様に装い旅券下附申請書と共に一括して提出行使し同係員を欺罔して旅券の下附を受けようとしたけれどもその後占領軍官憲の調査により右証明書二通の記載内容が虚偽であることを発見されたため竟に旅券騙取の目的を遂げなかつたものであつて、前記虚偽の公文書二通を順次作成せしめた所為は犯意継続に係るものである。
右の事実中犯意継続の点を除くその余の部分は
一、被告人の当公廷に於ける終戦後判示大原村役場の主催で復員軍人の招待宴が催されたとき自分もその宴会に出席し又狭い村なので同村長は自分が兵役に服したことは必ず知つていたと思う旨弁疏する外本件の詳細については第一審裁判の時に申述べた通り相違ない旨の供述
一、原審公判調書中被告人の供述として被告人が本件証朋書の下附を申請するに至る迄の経緯につき判示同旨、並びに右証明書の下附を受ける当時の模様については検察事務官(検事の誤記と認める)の被告人に対する第二回聴取書において申述べた通り相違ない、尤も右証明の手続をしてくれた宮辺書記は詳しく話合つたこともなく又昨昭和二十二年三月戸畑市の方から移つて来た関係で私のことを詳しく知つている人ではない旨の記載
一、被告人に対する検事の第二回聴取書中同人の供述として本件証明書の村長名下の判を押してくれたのは村長(或は助役かも知れぬが)であつた様に思ふ旨弁疏する外該証明書を作成せしめた顛末並びに之を米国領事館に提出行使して旅券の下附を受けようとしたが遂げなかつた顛末に関し判示同旨の記載
一、当審第二回公判調書中証人宮辺貞次の供述として私は昭和二十二年四月十五日から判示大原村役場の書記として勤務しているが被告人の依頼により本件証明書を被告人に交付した顛末については検事に申述べた通り相違なく、私はその際戸籍のみは照合して見たが他の事項は、既に前に交付された証明書があつてそれを分割し各事項別に証明するだけのことであり、又兵籍簿は存在せず選挙人名簿のことも当時気がつかなかつたので本人に証明事項は間違いないかと云うことのみ確めその通り間違いないものと思つて証明書を作つてやつた、村長や、助役が不在の際は、自分が最年長者であり且村長と特別の縁故関係があつて信頼されていた関係もあり村長印を使用して証明書を発行することを委されていた旨の記載
並びに同人に対する検事の聴取書中同人の供述として昨昭和二十二年八月二十五日大倉健治が大原村役場に出頭して渡航願に用ふるからと云うことだつたので私は証明書四通位を交付したことがある、その時は、多分菅原村長は不在であつた様に憶えている、私がその証明願に対して証明文を附し村長名を使用し村長印を押捺して大倉に下附した、私の記憶では大倉から直接頼まれたのであつて、菅原千明書記を介して頼まれた様には思わない、証明の内容は正確には記憶していないが、その時の関係書類を調査して見ると、別に証明書を交付する旨記載してあるから大倉の述べている通り、同人が(1)日本の兵役に服しなかつたこと、(2)日本の選挙に投票した事実がないこと、(3)昭和九年十月ハワイから引揚げて以来大原村に居住していること、(4)本籍地に於いて農業に従事していたこと等四通の証明書であつた様に思う、此の証明については、本来ならば各帳簿に基いて調査した上証明すべきであるが大倉は、その時昭和二十二年八月十八日附の大原村長の証明書を持参しその内容について各別の証明書が欲しいと云うことだつたので、右の如く前に証明書が出ているから間違いないものと思ひ帳簿等を調査せずに証明書を下附した、尤も大倉に対しその時の証明願の事項が間違いないかと確めたところ本人は相違ないと云うていたので本人の言を信じて下附したわけである、当時助役は欠員で村長は不在であり私が村長印を押した様に記憶している旨の記載
一、当審第二回公判調書中証人菅原一八の供述として私は昭和二十二年四月八日から判示大原村の村長を勤めているが同年八月二十五日附で被告人に対し兵役選挙関係等の証明書を自ら交付したことはない、尤も私の留守中における村長の証明書交付については事実上宮辺貞治に適宜任せてあつた、被告人の兵役関係については村の駐在巡査も知らない位であり村の者もあまり知らなかつたと思う、大原小学校の講堂で復員軍人の慰安会が催された時私は村長でも主催者でもなく只加勢に行つた様に思うが被告人が来ていたか否記憶しない、兵籍簿も終戦の晩かその翌晩当局の指示により焼却されていた旨の記載を綜合して之を認め犯意継続の点は被告人が判示の如く同じ機会に相次いで同種の行為を繰返していることに徴して明かである。
法律に照らせば、被告人の判示所為中虚偽の公文書を作成せしめた点は刑法第百五十六条第百五十五条第一項昭和二十二年法律第百二十四号附則第四項右改正前の刑法第五十五条に、右虚偽の公文書を行使した点は刑法第百五十八条第一項第百五十六条第百五十五条第一項に、詐欺未遂の点は同法第二百四十六条第一項第二百五十条に夫々該当するところ右虚偽の公文書を一括行使した所為は一個の行為であつて数個の罪名に触れる場合に該り又右虚偽の公文書作成同行使並びに詐欺未遂の間には順次手段結果の関係があるから同法第五十四条第一項前段及び後段第十条に則り結局最も重い兵役関係についての虚偽公文書行使罪の刑に従つて処断すべく所定の刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し訴訟費用は刑事訴訟法施行法第二条旧刑事訴訟法(大正十一年法律第七十五号)第二百三十七条第一項に従い全部被告人をして之を負担せしめることにする。
尚弁護人松井佐は本件公訴事実は既に昭和二十三年七月十九日熊本地方裁判所において免訴の確定判決を経た警察犯処罰令違反の犯罪事実と同一の事実関係に属するから、更に本件につき被告人を処罰することは日本国憲法第三十九条に違反するものであり本件については旧刑事訴訟法第三百六十三条第一号に則り即時免訴の判決を言渡すべきである旨主張するけれども本件記録騙綴の検察事務官渡辺喬作成にかゝる判決謄本(記録第一六一丁以下)によれば右確定判決を経た警察犯処罰令違反の犯罪事実は「被告人は米領ハワイに居住する父の許に渡航しようと企てたが兵役関係があると渡航出来ないので昭和二十二年八月十八日熊本県玉名郡大原村役場に於て同村長菅原一八に対し昭和十九年十二月一日から同二十年八月十五日迄兵役に服した事実があるに拘らず兵役関係は全然ない旨不実の申述を為した」と謂うのであつて、齊しく判示渡航目的のために為された所為であり且本件の先駆を為すものであつたとはいえ本件より更に数日を遡る別の機会に為されたものであり又その行為の態様等から考察しても判示認定の本件公訴事実とは別異の関係にあると目するのが相当であるから、本件につき、被告人を処罰することは前記憲法第三十九条の規定に違反するわけではなく又所論の如く旧刑事訴訟法第三百六十三条第一号により免訴の言渡を為すべき筋合のものでもない。従つて右弁護人の主張は之を採用し難い。
仍て主文の様に判決する。(昭和二四年四月六日福岡高等裁判所)